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新庄剛志の”尋常じゃないグローブ愛”のエピソードをご紹介します。

新庄剛志氏のグローブ愛についてのお話を聞いたことがある人は結構少ないかと思い、是非知っていただきたいのでまとめてみようと思い記事に致しました。

実は、新庄剛志氏は『入団して退団するまで同じグローブをずっと使い続けていた』ということなんです!!

 

新庄氏の知られざるグローブ愛をご覧ください。

 

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プロフィール

新庄剛志(しんじょう つよし)

1972年1月28日(45歳)福岡県出身

  • 阪神タイガース(1990年〜2000年)
  • ニューヨーク・メッツ(2001年)
  • サンフランシスコ・ジャイアンツ(2002年)
  • ニューヨーク・メッツ(2003年)
  • 日本ハムファイターズ(2004年〜2006年)

 

試合でのパフォーマンスや野球の能力も優れており、抜群の人気を誇った選手として記憶に残る選手でしたね。

敬遠球をタイムリーヒットにしたり、幻のホームランなど、現代ではなかなか見られないプレーをたくさんファンに届けてくれました。

 

現在はインドネシアのバリ島に移住しているらしいです。

 

グローブ愛

前述でも述べましたが新庄剛志氏は、

プロ野球に入団してから引退するまでの16年間ずっと同じグローブを使い続けていたのです。

 

皆さん知っていましたか?

 

プロ野球選手というのは大体メーカーとのスポンサー契約を締結しているので、グローブというのはお金を払わなくても入手可能なわけです。

その『タダ』で入手できるグローブを使わず、入団当時のグラブを16年間も使用してきたということですから驚くばかりです。

おそらく同じグローブをこんなにも長く使用した選手はいないのはないでしょうか?

 

メーカー不明:外野手用

初任給を使い7,500円で購入し、MLB時代の同僚に誤ってスパイクシューズで踏まれて大破損したりと4回の大補修を重ね、現役引退まで使用していました。

その証拠に実際に引退するその時まで使用していたグラブには、『TH63』という黒色の刺繍が入っており、この「TH」入団当時の阪神タイガースの意味で、「63」入団当時の背番号という意味であり、デビューと引退を同じグラブで行った貴重な選手でもあります。

 

ひとつのものを長年使い続けるプロの外野手は稀であるが、これには父親からの「商売道具を大事にしろ」という教えが影響を及ぼしていたといいます。

 

保管の際の湿気などにも気を配り、自身の「もうひとつの手」と称する拘りの代物で、他人がはめることを絶対に許さなかったというくらい丁重に扱っており、冗談交じりにながら「もし盗まれたら引退する」と語っているくらい愛情の深いグラブなのです。

遠征先でも「グラブを湿らせないようにテレビの上に置いていた」とかなり気を使っていたという話もされています。

 

そして実際に、引退会見では、前日の最後の試合で当時中日ドラゴンズのタイロン・ウッズのライナーを捕球した際に破けたりと、消耗度合いが限界まで達していたと語っており、引退理由の一つとして、

 

グラブが使えなくなったから

 

というような言葉を残しています。

 

そして、2011年に父親が死去した際に、愛情の深いグラブも最愛の父の棺と一緒に納めたというから男気を感じますね。

※ 以上Wikipediaから抜粋してまとめました。

 

まとめ

スポーツ選手が道具を大切にするというのは有名な話ですが、入団から引退まで同じ道具を16年も使い続けたという話を筆者は聞いたことがありません。

 

それくらい本当にグラブへの愛着があったのでしょう。

 

そして、引退試合のあとのセレモニーのときに新庄剛志さんはグラブを頭の上にかぶせながらお別れの挨拶をおこないました。

まるで『グラブと自分は一心同体なんだ』と言わんばかりの挨拶であったことを記憶しています。

 

新庄剛志さんにとって、『愛情の深いグラブ』と『最愛の父』は今も心の中で生き続けていることでしょう….

 

ファンを楽しませるパフォーマンスやファンを魅了し続けていたプレーの数々、驚くべき身体能力や抜群の明るさの裏には、深いグラブへの愛があり、あのグラブのおかげでスター選手へとのし上がれたのでしょう。

そんな新庄剛志さんを、筆者はリスペクトし続けていきます。

 

 

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